レイチェル・カーソンは1962年にニューヨーカーにサイレント・スプリングの一部を掲載し、その書籍は同年に出版されました。

さて、1950年6月号の『婦人倶楽部』(1988年3月廃刊)という月刊誌に味の素がある広告を出しています。題して「味の素のDDT」とあります。

「効力永続性で不快な刺激臭のない理想的な殺虫剤で」で「蝿、蛟、蚕等が対象で、撒粉器やビン入りの液剤も」あるというのです。

戦後DDTは日本曹達工業が特許製造していましたが、「味の素」が販売していたことは驚きです。味の素は、グルタミン酸という昆布の旨みの調味料メーカーです。

DDTは、1873年ドイツの化学者(オマール・ツアイドウー)が合成した有機塩素剤(C14H9CL5)ですが、1939年パウル・ミューラー(スイス)が害虫対策に絶大な効果を発見し、さらに戦時の虱対策に効果がありました。ミューラーはこの後の1948年にノーベル賞(生物・化学賞)を受賞しています。

日本ではDDTは農薬の登録失効で、1971年からDDTの使用は禁止になっています。そして1981年には、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律で製造・輸入が禁止され、2001年にストックホルム条約で残留性有機汚染物(POPs)に指定されました。

しかし、マラリア対策としては有用として、2006年WHOはDDTを発展途上国で使うことを奨励さえしています。DDTは戦後、マラリア対策としては、ハマダラカの激減に貢献するというのです。

2013年、DDTが好きな蜂が確認されるなどDDTをめぐる新知見はまだまだあるようです。

それにしても、70歳代の人は頭からDDTを撒かれたり、床や畳の下に撒いたり……。DDTとBHCは戦後である昭和30年代までの「生と死の妙薬」だったようです。

さて、現在の薬、健康商品と利器(原発から電子レンジ、スマホまで)も「生と死の妙楽、妙器」になっていないか心配です。

利便、快楽の負担は誰がいつ受けるのか、考えさせられます。

(2017年11月1日)